お知らせ

島津義弘の愛馬である膝跪騂(ひざつきくりげ)の墓は、

鹿児島県姶良市帖佐にある亀仙院墓地にある。その右には石碑が建立されている。

そにによれば、この墓は種子島伊時が宝永4年(1707年)に郡県視察の際にこの地を訪れ、墓の傷みが激しいので、新しく立て直し、膝跪騂の由来を記した撰文を亀仙院に与えたという。

そして、安永6年(1777年)に種子島伊時の撰文を石碑に刻んだ。

ひざつきくりげの由来は、元亀3年(1572年)の木崎原の戦いにおいて、島津義弘が伊東氏家臣と戦った際に、愛馬が膝を折って主人を助けたため、以後「膝跪騂」と名付けられたという。

 

 

この馬は牝馬であり、騂は赤茶色、つまり栗毛色のことである。膝跪騂はその後も義弘愛用の名馬として各地の戦に従軍し、

長命であったという。昔は春を告げる初午祭の時、帖佐の人々は旧暦正月十九日に馬頭観音の代わりにこの墓へ詣でたという。

墓の東側には、馬の飼育係りであった橋口対馬の夫婦墓がある。(飼育係の御夫婦のお墓よりひざつきくりげのお墓のほうが大きいらしい)

橋口対馬は義弘の家臣として文禄慶長の役や関ヶ原の戦いに従軍し、義弘を守った。慶安2年(1649)に死去した。

 

 

(絵馬、→猫!人!元気!商売繁盛!! ぷぷぷ笑)

 

さて、茶トラの猫を「ヤス猫」と呼ぶのは鹿児島県と旧薩摩藩都城市(因みに都城は鹿児島弁が通じます)だけらしい。

何故かご存知ですか?島津家十七代当主、島津義弘公は、朝鮮出兵の際に7匹の猫を連れていき、猫の目の瞳孔の開き具合で時刻を推測し作戦を立てたたといわれます。

朝鮮に出征した7匹の猫の一匹は、義弘の次男、久保によって、ヤスと命名されました。

以来この種類の猫を、鹿児島では「ヤス」と呼ぶようになったといわれ、現在もそう呼ばれているそうです。

猫神神社には朝鮮出兵から無事、帰還できた二匹の猫が祀ってあります。

(鹿児島市仙厳園内)

 

 

 

         〜島津義弘公という戦国大名について〜

義弘公は伊作・亀丸城にて生を受け青年期を日置・一宇治城で過ごします。義弘公は曹洞宗妙円寺へ参禅する際には、山門へ着くと馬を降り合掌してから、歩いて本堂へ向かったと歴代住職により伝えられています。

そして天文23年(1554年)には岩剣城の戦いで初陣を飾ります。更に300の兵で10倍の兵力であった日向・伊東氏を破り島津義弘公の名を九州全土に知らしめた、元亀3年(1572年)木崎原の戦いは圧巻であります。

その後は兄弟である、義久公・歳久公・家久公と共に幾度となく出陣し、九州統一まであと一歩というところまで活躍します。

その後も慶長3年9月(1598年)朝鮮の役では明・朝鮮連合軍40000(諸説あり)に対し7000の兵で勝利するという快挙を成し遂げ、鬼島津と恐れられ五大老筆頭徳川家康らにも一目置かれる存在となります。

そして慶長5年9月15日(1600年)義弘公最後の戦いとなる関ケ原の戦いが勃発します。後に「島津の退き口」と語り草となる奇跡的な薩摩への生還です。義弘公はこの戦で西軍へ味方した責任をとって桜島に蟄居という形で見せかけだけの家康への恭順の意を示します。

義久公の巧みな外交面での活躍もあって、義弘公はついに許され、西軍参加武将としては異例の処置で薩摩国は安泰となります。

この関ヶ原の戦いの島津義弘公を偲んで始まったのが「妙円寺詣りであります。島津義弘公は慶長9年(1604年)妙円寺を自らの菩提寺と定め500石の寺領を寄進し、妙円寺は藩内有数の禅寺となります。

妙円寺詣りは江戸末期でも続き平成31年(2018年)NHK大河ドラマ「西郷どん」では西郷隆盛・大久保利通らも参拝したと放映されました。

また、幾度となく出陣し生涯命を落とさなかった義弘公の武運にあやかりたいと、薩摩の留学生が英国へ渡航する際に無事に帰ってこれるように皆で妙円寺に立ち寄り、安全祈願してから串木野の港に渡ったということであります。

慈悲深き鬼とも呼ばれる島津義弘公は、戦国の世に命を落とした敵方の兵の供養塔を建てたり、愛馬の墓や猫を祀る神社を建てたりと、その慈愛の精神も全国で慕われている証なのです。

  〜春秋の 花も紅葉も とどまらず 人も空しき 関路なりけり〜

 

※愛馬ひざつきくりげのお墓や、仙厳園の猫神神社にも見られる島津義弘公の動物愛。ペット霊園の始祖的存在ですね。

我々は島津義弘公菩提寺菩提寺職員。のこの精神を受け継ぎ、慈愛の丘 とそ動物霊園はペットと呼ばれる命たちの最後のお別れを大切に、していかなければなりません。

 

 

慈愛の丘 とそ動物霊園

    代表  伊藤憲秀

この度、法智山妙円寺は、九州を拠点に快適な空の旅を提供する、ソラシドエア Solaseed Air さんの機内誌

「ソラタネ」の取材を受けました。

日置市・いちき串木野市の特集記事で、表紙の島津家のゆかりの地、島津貴久公・フランシスコ・ザビエル会見の碑や、

島津義弘が心酔した(室町時代の高僧)石屋真梁禅師や、勉学や参禅のために通った、

島津義弘公菩提寺・妙円寺などが紹介されております。

最後は、戦国島津、特に義弘公のイデオロギーが明治維新に繋がった。と綴られています。

そして・・・

じゃ~ん!なんと、シロちゃんが登場しています。

「島津義弘公と猫はセット?」

「妙円寺と猫がセット?」

「島津義弘公と妙円寺はセット?」

「キャットとセット?」

「ペットとキャットとセット?」

「とそ動物霊園と猫もセット?」

もはやカオス!ピタゴラスイッチ!!

 

 

       慈愛の丘 とそ動物霊園

               代表 伊藤憲秀

 

皆様こんばんは。今夜は中秋の名月ですね。

慈愛の丘 とそ動物霊園では犬や猫、うさぎや小鳥他様々な生き物の供養をさせて頂いておりますが、

うさぎ愛好家の方もたくさんいらっしゃいます。

お月見といえばお団子ですが、

小さい時にお月さまにはうさぎさんがいて、餅つきをしていると聞かされたことはありませんか?

何故でしょう、実はこれもSourceは仏教なんです。

長い年月を経て色々な解釈が出てきていて、それによってリライトされています。

昔あるところに、うさぎとキツネとサルが住んでいました。

3匹はいつも、「人の役に立つことがしたいよね」とお話していました。

そんなある日一人の老僧が弱り果てて倒れそうになりながら歩いて来ました。

そして三匹の前で「体が弱って困っておる。何か恵んでくれないかのぉ」と言いました。

「大変だ!何か食べ物を持ってきてあげよう!」

サルは木に登り果実を、キツネは川へ行って魚を捕ってきて、

それぞれ老僧の前に差し出しました。

うさぎはあちこち走り回りましたが、何も持ってこれませんでした。

うさぎは老僧にもう一度探しに行ってきますから、火を焚いて待っていてほしいと、

再び出かけますが、しばらくして、また何も持たずに帰ってきました。

うさぎはなやんだ挙げ句「私を食べてください」と火の中に身を投げました。

老僧はうさぎを哀れんで、泣きわめきました。

すると老僧の体がみるみる帝釈天(仏教の守護神)の姿になっていきました。

そして帝釈天は「お前の気持ちはよくわかった、お前の尊い行いを月に送ろう」と言うと、

うさぎの焼け焦げた亡骸を月にかざしました。

すると月にうさぎが餅つきをした姿が月に映りました。

そしてうさぎは元の通りの姿となって生き返りました。

そしてまた、仲間たちと幸せに暮らしたということであります。

月でうさぎさんが、餅をついているのは。

◯老僧に食べさせるために準備をしている。

◯うさぎが食べ物にこまらないように。

などと言われています。

※この話は手塚治虫さんの「ブッダ」の冒頭で出てくる話でもあります。

(因みにこのブッダは言うまでもなく、たくさんの人々に読まれていて、

著名人では、Mr.Childrenの桜井和寿さん、音楽家の坂本龍一さん、モデルの吉瀬美智子さん他、

多くの人達に影響を与えています)

さて。

うさぎ愛好家の皆さん、今夜はうさぎさんと一緒にお月見を楽しんでください。

♫うさぎ うさぎ なに見て はねる 十五夜 お月さま見て はねる♬

それではおやすみなさいませ。

 

 慈愛の丘 とそ動物霊園

   代表 伊藤憲秀

 

 

 

 

 

菩提樹とはお釈迦様(釈尊・ブッダ)が長い修業の末に悟りを開いたが、体が弱って困っていた。その時に、

お粥を差し入れしてくれた美女には目もくれず、そのまま、また樹の下に静かに座った植物(木)のことです。

近年大流行の(笑)「マインドフルネス」とか「瞑想」とかは所詮は、お釈迦様(仏教)に通じるものと考えております。

その瞑想をする御姿を見れば、おわかりになると思います。

そして座禅を広めたのはインドの達磨大師で、中国禅宗の開祖です。

さて、「今日も仕事行こー」と玄関を開けると猫が二匹,菩提樹の下で座禅を組んでいました。

(※画像左上に偶然ちゃっかり写り込んでいる柴犬の茶々。これは瞑想ではありません。ただ寝ているだけです。笑)

猫は「今を生きる仏様」と言っておられた福井県の御誕生寺・板橋興宗禅師(今年7月にお亡くなりになりました。)

つまり悟りとは「無」だとか「今を生きる」とか私のような凡人には全く解らないままなのかもしれません。

Appleのカリスマ的創業者、スティーブ・ジョブス氏の禅への帰依は相当なもので、仏前結婚式まであげています。

日本人の大好きなiPhoneやiPadやMacBookを造った人がその製品造りにおいて、

曹洞宗・禅からの多大な影響を受けていたと知る人は案外少ないのかも知れません。

スティーブ・ジョブス氏と禅との考察はまた、機会があれば書いていきたいと思います。

また、前オバマ大統領があのイチロー選手を評して、「レーザービームの秘訣って何?」と聞いたところ、

 

「柔らかい筋肉を使うんです」と回答したイチローに、オバマ前大統領は、

禅」を体現しているような、素晴らしいプレイヤーだね」と絶賛しています。

柔らかい筋肉を使うこと=禅??? ちょっとちょっとぉ、ヤバいんじゃないのぉ〜?オバマちゃん!笑

ここぞとばかりに禅を語ってみたかった感は否めません。笑

まぁそれほど、外国の人達にとって日本という国は「禅」のイメージが強いですし、興味を持っているのでしょう。

 

 

拝借した動画は、オリエンタルラジオの中田敦彦さんの「禅」解説

そうです、禅を語る上で欠かせないのが達磨大師(ダルマさん)です。

そうです、彼の言う通り、ダルマさんは選挙で勝った時に筆で目を入れます。

正月にはよく売れます。神棚に一緒に祀る人もいます。しかし、多くの日本人はダルマさんが実在した人物

であり禅マスターで在ることか、少林寺拳法のルーツで在ることとか、どれだけの

日本人が知っているのでしょう。

(慈愛の丘とそ動物霊園は七転び八起き)

中田敦彦はかなり禅がお好きなようですね。事業で成功した人が禅に傾倒したなんちゃらを

中田さんなりの解釈で詳しく説明されています。

悟り「煩悩を捨てる」素晴らしい。

私?煩悩だらけですが。それでは、また。

 

 

慈愛の丘とそ動物霊園

     代表 伊藤憲秀

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「利」を取らずに「信」をと取れば、世間は応援してくれよう。(釈尊=お釈迦様)

さて、皆様こんばんは。相変わらずの暑い中にも、感性の鋭い方には、秋の気配が感じられるこの頃ではないでしょうか。

私が仕事を終えて、駐車場に車を停めると、いろんな猫が出迎えてくれます。

私は気が付いたら、犬や猫や小鳥・うさぎといった動物たちと一緒に、育てられてきました。私にとって動物達とは、愛され、

愛する愛おしい存在以外の何ものでもありません。

 

当、慈愛の丘とそ動物霊園は、鹿児島県各地から問い合わせいただきます。

出水や鹿屋、串木野、川内、霧島、姶良などお問い合わせいただきます。

ペットちゃんとはいえ、そのご遺体からは、体液が漏れることもありますし、スーツに付いてしまうこともあります。

私は全然気にしません。

 

 

先にも触れたように、物心ついたときから、動物達に育ててもらった私です。

動物達への感謝の気持ちで供養させていただいております。

ありがとう。おかげさまで。お元気で。行ってらっしゃい。

また会いましょう。

 

「死」と「生」は表裏一体。妙円寺のニャンこ達も「日々是好日」というポジティブな発想を持っていると思われます。

日々是好日とは、禅語で、目の前にある現実が喜びであっても、悲しみであっても、今、この瞬間を、一生懸命生きる。と言う意味です。

輝く日々も一瞬一瞬の積み重ね。

猫も人間同様、癌を抱え込んだり、猫エイズになったりしてしまったりの猫もいますが、

その時を生きることが大事なのだと教えられているように感じますね。

 

〜春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪冴えて凉しかりけり〜

道元禅師の和歌です。ノーベル文学賞を受賞した川端康成がストックホルムの壇上「美しい日本の私」で紹介した事で、世界的に有名になりました。

自然は立派だ、春が来たら花を咲かせ、役目を終えて去っていく、これこそが真理である。という意味です。

意外とそんなことは、猫たちは悟っているのかもしれませんね。

申し上げるまでもなく、我々も動物達も自然の中の一部です。普通に都市部で暮らしていれば、

そんな「当たり前」のこともついつい忘れがちです。そんな中にも猫や犬やうさぎや小鳥たちを愛でれば。

あるがままの彼らに教えられることも多いものです。

動物達との出会いや、生活、そしていつか訪れる、お別れもあるがままのことなのでしょう。

今回、登場してくれた妙円寺のにゃんこ達は、

まるちゃん・まっくちゃん・ポコちゃん・ミクロちゃん・たまちゃんです。

 

最後にもう一度繰り返します。

「利」を取らずに「信」をとったならば、世間は応援してくれよう。

我々はそんなポリシーを胸にすすんで行かなければならないと考えています。

 

           島津義弘公菩提寺 妙円寺詣り発祥の禅寺

                   法智山妙円寺 附属 慈愛の丘とそ動物霊園

                    代表  伊藤憲秀

 

 

 

 

皆様九月になりました。八月は開山(八年)以来最も多い動物供養の月となりました。

亡くなった愛玩動物(ペット)たちのご冥福を心からお祈りいたします。

さて、動物供養をしていて、よく耳にする話があります。

「虹の橋」。

 

 

素敵な話ですよね。虹の橋信仰はある程度のステイタスを持っています。

開園当初は私も、すすんでこの話を紹介していたものです。が、

物心ついたら、動物たちと一緒に育った私にはちょっと疑問が残るようになりました。

「なぜ?私を待っているのか?なぜ虹の橋のふもとで寂しげに、私を待っているのか?」

早く虹の橋を渡って幸せに暮らしてほしい。そう思うようになりました。

そしてその虹の橋を渡ったら、どんな世界が待っているのでしょう?

天国とは、キリスト教的な天国?浄土系が説く極楽浄土?それとも無宗教的な理想郷的空間世界?

虹の橋は宗教に関わらず、と語っていますが。虹を渡ったら。に触れていないのが疑問です。

そして多くの仏教者は動物の死後を、「畜生道」という括りで片付けてしまいます。

だからといって、動物愛好家なら誰でも知っているこの「虹の橋」を安易に語るのは宗教家としてどうなのかと思います。

ペットちゃんたちは野生の動物たちと違い家庭に中に入り込んで家族として迎えられています。

「畜生道」とは違うと思いますね。

逢いたいと思えばいつでも会える。

そう思って日々を暮らしていければ幸せですね。

ペットロスについては私のコラムを読んでいただければ幸いです。

また、「動物との再会」にフォーカスすれば「虹の橋」も素敵な話だと思います。

 

 

あともう一つ、仏教というより日本人の民間信仰には三途の川や六地蔵という存在があります。

仏教が偶像崇拝や民間信仰を取り込んできた歴史は古く、如来・菩薩の信仰、日本では、千年以上にわたって、最近まで神社(神道)とも融合していました。

仏教は柔軟にすべてを取り込める、常に進化する宗教です。人に愛され人を愛してきた愛玩動物が「畜生道」という一括で終わってしまうものなのか、今後議論は深まっていくことでしょう。

ところで、動画が「虹の橋」と比べると魑魅魍魎ですが。笑

 

 

 

※六文銭は真田幸村で有名ですが。生と同様、死もすぐ裏側にあると言うことにほかなりません。

別れは「生」の証。

 

今日は2つのお話を紹介させていただきましたが、何を信じ、心の支えとして生きていこうがあなたの自由です。

 

そして、いつか天寿を全うする時が来て、虹の橋のたもとだろうが、三途の川の向こう岸だろうが、大好きだった、動物たちが待っていてくれて再会を果たせたなら、それはとても幸せなことですよね。

 

    お地蔵さん「よく、頑張ってここまで来ましたね」

 ワンちゃん「はい!ありがとうございます。」

 お地蔵さん「ところで、この川を渡る船賃は持っていますか?」

 ワンちゃん「はい。ママが持たせてくれました。このバッグ(頭陀袋)に入っています。」

 

こんなやり取りをしているのかと思うだけで、ウルウルしてしまいますね。

 

とそ動物霊園では、希望者に限り。開眼供養済の六文銭の御札を無料で差し上げています。

事前にお問い合わせください。

 

あなたに可愛がれて愛された動物たちは、あなたが全うな生き方をし,

あなたが幸せな日々を送ってほしいと願っているといいます。

愛されているというのは素晴らしい事です。いつかまた会えると信じて日々を送っていこうではありませんか。

 

 

 

 

慈愛の丘 とそ動物霊園

         代表 伊藤憲秀

皆様こんばんは。過去最大級とのフレコミの台風10号が過ぎ去りました。

因みに、特別警報級の台風で日本に来たのは過去5回のみ。

室戸台風・枕崎台風・伊勢湾台風・第2室戸台風・平成5年台風13号。

今回の台風10号で被害に合われた方々には心よりお見舞い申し上げます。

 

私も猛烈な風雨の中、日置市の自宅にいながら、

鹿児島市の中心部の小高い丘の上にあります、慈愛の丘とそ動物霊園のことを心配をしておりました。

何が心配かと申しますと。馬頭観音様の両隣にあります、位牌プレート供養碑でしたが、

ご覧の通り、おかげさまで、無傷で済みました。

 

皆様。思いは一緒だったのでしょう。台風が過ぎ去ると、大勢の人がお墓参りにいらしていました。

台風でお墓が心配なのは人間も動物も一緒。大切な家族ですから。再会の場所ですから。

心配なのは当然ですよね。

位牌プレート供養碑は木造で、ある程度しなってくれたのも良かったのかもしれませんが、

何よりもペットちゃん達が一生懸命踏ん張って守ってくれたのかもしれませんね。

そしてまだまだ台風シーズンは続きます。ネット上でも「犬をしまえ!」「猫もしまえ!」といった声がたくさん挙がっています。

特にワンちゃんは軽量な犬小屋に繋がれ避難できません。

台風が来たら、吹き飛んだり、水没したりしないように、ワンちゃんを家に入れて避難させましょう。

庭で遊んでいる猫も避難させましょう。

 

尚、台風期間中、どうしても対応できなかった方々には、この場をお借りして。お詫び申し上げます。

本日までに散乱した木の枝や、葉っぱなどをスタッフ一同清掃し、通常通り開園致しております。

今後とも慈愛の丘とそ動物霊園をよろしくお願い致します。

 

 

慈愛の丘 とそ動物霊園

   代表 伊藤憲秀 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミック♫ミック♫ミック♫ミック♫

ミックは妙圓寺に住んでいる猫。人懐っこくて、納骨堂(和顔堂)に参拝にいらっしゃる、

お客さま専用駐車場にいつも待ち伏せしていて、おやつをもらっています。とそ動物霊園のゴン太くんと一緒だね(笑)

ミックはある日、妙円寺に来ていた庭師さんのトラックの荷台で寝入ってしまって、そのまま10キロほど離れた鹿児島市松元町の処理場までまさかのドライブ。

住職から「白黒の猫が乗ってませんでしたか?」

業者さん「いたかもしれないです。ちょこっと石の上に座っていたような」で、無事生還!

という呑気エピソードの持ち主。

皆様も妙円寺でこの猫を見かけたら「ミック♫」と声をかけてやってください。

妙円寺詣りには猫(動物)を大切にした島津義弘公を偲んで甲冑を身にまとう覚悟もあるようです。

ちょっとおバカさんですが可愛がってやってください。

ミック♫ミック♫ミック♫ミック♫じゃがぁ(鹿児島弁)

因みに妙円寺にはキースという名の猫やブライアンという名の猫はいません。

※本当はここで、ブラウンシュガーやスタート・ミー・アップをぶち込みたいところですが、

慈愛の丘 とそ動物霊園は ペット供養霊園ですので、で、哀愁漂う「悲しみのアンジー」をどうぞ。

 

補:米トランプ大統領に曲を使うな!と抗議したローリング・ストーンズ様.. 

どうぞ  慈愛の丘 とそ動物霊園  には寛大なお心を。

 

本日も旅立ったペットと呼ばれる命たちに  合掌。

 

アンジー アンジー
あの雲はいつになったらなくなるのだろう?
アンジー アンジー
俺たちは一体これからどこへ行くのだろう?

心に愛もなく
ポケットには金もない
俺たちに不満はないなんて言えないけれど
アンジー アンジー
少なくとも俺たちは 精一杯頑張ってきた

アンジー 君はきれいだ
でもそろそろ別れた方がいいね
アンジー まだ君を愛している
二人で泣いたあの夜を覚えているかい

二人で分かち合った夢は全部
残らず煙と消えてしまった
君の耳元で囁かせてくれ
アンジー アンジー
俺たちは一体これからどこへ行くんだろう?

アンジー 泣かないで
君のキスは今でも甘い
君の瞳に映る悲しみを見るのがつらい
でもアンジー アンジー
もうそろそろ別れるときが来たんだね。

心に愛もなく
ポケットには金もなく
これで満足しているなんて言えないけれど

でもアンジー 今でも君を愛している
どこに行っても君の瞳を思い出す
この世に君と比較できる奴なんていやしない。

ベイビー, 涙をふくんだ

アンジー アンジー
生きているって素晴らしいと思わないか?

アンジー  アンジー
少なくとも俺たちは精一杯頑張った

 

 

            法智山 妙円寺 慈愛の丘 とそ動物霊園

                    代表 伊藤憲秀

「ねこでらの和尚さん」でおなじみ!

今日は元曹洞宗管長・御誕生寺ご住職 板橋興宗禅師の、「心配しなさんな。悩みはいつか 消えるもの」

からの猫に学ぶ生き方をご紹介いたします。(掲載に関しては、事前に電話にて許可を頂いております。)

日置市の法智山妙円寺にもたくさん猫がいますし、鹿児島市唐湊の慈愛の丘とそ動物霊園にもゴン太くんやミーコちゃんがいます。(にゃんこ続々紹介予定)

 

 猫は悩まない。

いま、御誕生寺には三十匹ほどの猫がいます。元来猫好きで、どこからともなくやってきた捨て猫や迷い猫に餌をあげたりしているうちに、いつのまにか数が増えました。いまでは「猫寺」と呼ばれるようになり、休日ともなれば、おおぜいの方がたずねてこられます。

もちろん、人気なのは、住職の私ではなく猫たちです。ただダラーンと寝ているだけで「かわいい」などと褒められるのですから、いい気なもの。お客さまがきたからといって、よそゆきの態度をするでもなし。いつものようにのんびり勝手気ままにやっているようです。

そんな猫たちを見て、「いいなぁ、悩みがなくて」とうらやましく思われている方もいらっしゃるのではないですか。まことにその通り、猫は悩まないのです。生きとし生けるものもののなかで人間だけが複雑な「言葉」を覚えました。

言葉を覚えたから、考えるという脳の働きが生まれ「あーでもない、こーでもない」と悩むクセがついてしまったのです。猫には言葉はありません。ニャァとは鳴きますが、それは「エサをくれ」「外に出してくれ」などのただの合図にすぎません。あるいは、猫同士だけに通じる、何かの情報交換のシグナルかもしれません。言葉がないから、風にチリリンと揺れる風鈴のごとし、ただその場その場の身体感覚ののままに生きているのです。

夏の暑い日は、ヒンヤリした廊下にペタンとのびているし、寒くなればまだ暖かい車のボンネットの上に、ちゃっかり丸まっています。座布団をくわえてきて、その上に寝るような賢さはありません。そこまで知恵を回して安楽を求めなくても、すでに足りているからです。

「山川草木悉皆成仏」(さんせんそうもくしっかいじょうぶつ)という言葉があります。自然万物に八百万の神が宿ると考える日本人は山や川のような大地や、草や木のような植物もまた“仏の化身”だととらえています。生まれながらに「足るを知る」猫もまた、仏さんのようなものではないでしょうか。

お釈迦様や道元禅師は厳しい修行の末に「ありのままでいいのだ」と気づかれました。その日そのとき「いま」を生きる。いま見えていること、聞こえていること、感じていること。それがすべてだと悟ったのです。

修行もしていないのに猫はいまを生きています。「あのときエサを残すんじなかった」などと、過去を悔やみません。「明日の食べ物があるかなぁ」などと、未来を憂いません。言葉のない彼らには、昨日や今日、明日などの時間の概念もないからです。

猫たちを見ているとつくづく思います。「山川草木すべてを見渡しても、ぐだぐだと悩んでいるのは人間だけだなぁ」と。

さて、いま、私の寺でいちばん古いのは、レオという名の猫です。レオは他の猫たちに比べて、一匹で行動するタイプ。早朝の読経のとき、本堂の扉を開けておくと、決まってレオだけが入ってきて、まっしぐらに私のところへかけ寄ってきます。よっぽど読経の響きが好きなのか、そのままひざに乗って離れないのです。

頭をぐりぐりこすりつけて法衣に目ヤニをひっつけることもこともあれば、ひざにいるのに飽きて、肩までよじのぼってくることもあります。何をされても読経を続けるのは、なかなかの難儀です。

「よし、よし。よっぽど私のことが好きらしい」あとで頭をなでてあげようと思うのですが、レオはつれなくスッと本堂から出ていってしまいます。境内で見かけたときも、抱きかかえようとすればニャオンと逃げ去ってしまいます。読経中はあんなに甘えてきたのが、うそのようです。

レオは、ただその瞬間、瞬間を、自由に心のままに生きているのです。人間のように、誰かに「好かれよう」「かわいがってもらったほうが得」などという思惑や計算はまったくありません。

レオもまた「いま」を生きる「ほとけ」さんなのです。

 

 

(※画像は御誕生寺様の猫ではなく、妙圓寺の猫です。板橋禅師、有り難いお話をありがとうございます。)日々の暮らしの中でペットと呼ばれる命たちから教えられることが多いですね。これからも慈愛の丘とそ動物霊園は全国1万5000カ寺を有に超える曹洞宗・法智山妙円寺付属の動物霊園としてご遺族の心に寄り添い和顔愛語の精神で精進してまいります。

 

 慈愛の丘 とそ動物霊園

   代表 伊藤憲秀

皆様お盆でやんす。

鹿児島市唐湊にある唐湊霊廟納骨堂・慈愛の丘とそ動物霊園では昨日8月13日から迎え火のお墓参りで駐車場は満杯。上の画像の通り溢れんばかりの生花がたむけられました。

人もそうですが、ペットちゃんたちも大好きな御家族の元へ帰り、喜んで過ごしているでしょう。

そして本日はお別れもたくさんございました。帰省した御家族に看取られて、安心して旅立ったのでしょうか。

謹んでお悔やみ申し上げます。合掌

さて話は変わりますが、私は小さい頃より「お盆は肉食(殺生をするな)」と育てられました。今でも日本各地で根強く残っている風習なのですが、仏教思想と深く関係しているもので、あの世から帰ってきたご先祖様の前で殺生はタブーと言うことらしいんです。

 

ご先祖様は仏界に暮らす仏様なのですから。故にかた菓子や果物を仏前に御供えするのでしょう。しかし亡くなったご先祖さまやペットちゃんが間違って餓鬼道や地獄に落ちないように注視する必要があるようです。それがお施餓鬼法要なのですね。曹洞宗には様々な経典があります。デパートのように(笑)ペットちゃんを供養するのに必須の「甘露門」という最強のお経シャワーがあります。慈愛の丘とそ動物霊園では毎年の8月9日に午前・午後の2回厳修致しております。

 

さてお盆の肉食に関しては、私も若い頃はいろいろ不満もありましたが年を重ねてお盆は殺生をしないようになりました。たまには人間に食べられてしまった動物たちのことに思いを馳せるのもいいかなと思うようになりました。

「草花や野菜だって立派な生き物じゃないか」

とツッコミどころはありますが(笑)

例えば曹洞宗大本山、道元禅師の開いた福井県の永平寺や石原裕次郎さん他角界著名人の眠る横浜鶴見の総持寺の修行僧は厳しい戒律の中で暮らしており、一切の肉食をしません。

何年もこのような食事が続くというのはもの凄く大変な事ですよね。

 

それではお盆限定の私エセ・ヴィーガン(菜食主義者)の食事。

8月13日のメニュー・コンビニで買ったざる蕎麦と梅のおにぎり。

8月14日のメニュー・呉汁(鹿児島の伝統料理)・こんにゃくと海藻刺し身もどき他。夜・御近所でお葬式が出たので香典返しの完全精進料理(画像)

明日は送り火を終えるまで、何も食べないでいようと思います。

御家族でお墓参りを済ませて、廊下ですれ違うと笑顔で「こんにちは」とご挨拶する。

皆様満足と安心の笑みで清々しく去っていく。今年もご先祖様やペットちゃんをお迎えできたという安心感・満足感。

お盆というツールは現世とあの世とを繋げるネットワークなのかもしれないですね。

 

 

 慈愛の丘 とそ動物霊園

  代表 伊藤憲秀